事業承継税制とは、中小企業の経営者が亡くなりその親族が経営を引き継ぐ場合に事業用資産等にかかる相続税を軽減する仕組みです。中小企業では一般的に事業と個人が十分に分離されておらず、個人所有の宅地が事業用に用いられていたりしますが、事業に関係するものであっても個人名義の資産を親族が引き継ぐ際には相続税が課せられます。しかし、税負担が重いと極端なケースでは納税のために工場を売らなければならないなど、事業承継が円滑にできなくなります。これに配慮して現在は小規模の事業用宅地については相続税の課税価格を80%減額すること、また自社株式については80%の相続税の納税猶予が認められています。
ここで問題になるのは相続時の遺留分です。遺留分とは、一定の相続人のために法律上必ず残さなければならない遺産です。一定の相続人とは、被相続人の配偶者および直系尊属(父母や祖父母など)と直系卑属(子や孫など)のことで、被相続人の兄弟姉妹には遺留分はありません。相続人が直系尊属のみの場合には財産の3分の1、それ以外の場合には財産の2分の1が遺留分になります。
もし遺留分が請求された場合、2つの問題が生じてしまいます。
1つは、事業用資産等が分散するリスクが生じます。先代経営者が後継者に事業用資産等を生前贈与した場合、それが何年前にされたものであっても遺留分算定の基礎財産に生前贈与分を含めて計算しなければならないためです。
2つ目は、遺留分算定基礎財産に含める生前贈与分の事業用資産等の価額が贈与時の価額ではなく相続時の価額ということです。具体例を挙げましょう。Y社の経営者Aに子供B、C、Dがいて、BがY社の後継者です(わかりやすくするために配偶者はいないこととします)。Aは不動産3,000万とY社株式3,000万を持っていて、BにY社株式を生前贈与しY社の経営を承継させました。Bの努力により10年後にはY社の業績が上がり、Y社株式の価値が1億2,000万になったところでAが亡くなり、不動産はC、Dが相続しました。ここで遺留分算定の基礎財産は不動産3,000万とY社株式1億2,000万の合計1億5,000万です。B、C、Dの遺留分は2分の1の7,500万、1人当たりの遺留分は2,500万です。C、Dの遺留分の合計は5,000万なので不動産を取得しただけは遺留分に2,000万不足します。遺留分の請求がされた場合、Bは自社株式のうち2,000万相当をB、Cに分けるか、現金などで2,000万相当の資産を渡さなければなりません。
このように、努力したのは後継者なのに非後継者の取り分が増えてしまい、後継者の経営意欲が低下する恐れがあります。こうした問題の対応策として除外合意、固定合意、付随合意があります。これらの合意を適用するには、後継者が先代経営者から贈与等により自社株式又は持分を取得することについて推定相続人(相続が開始された場合に相続人となる人)全員の合意を得ることが前提です。これらの合意により自社株式や事業用資産を遺留分算定基礎財産に算入しないこと等ができ、非後継者に事業用資産が分散せず経営承継をより円滑に進められます。ただし合意書の作成や手続きについては法律的な専門知識が必要となりますので、専門家とよく相談されたほうがよいでしょう。(岡村 香織)