経営者の方々から「スタッフを定着させる方法・仕組みはないか?」「スタッフの仕事に対する意欲やモチベーションを上げるために工夫できることはないか?」というご質問をよく受けます。
そこで今号ではスタッフとの人間関係の円滑化を図り、さらに組織力を強化する上でヒントとなる有名な実験をご紹介いたします。1930年代にハーバード大学のメイヨーとレスリスバーガーを中心にその「ホーソン工場実験」は行われました。
実験では継電器の組み立て作業を行う6人のチームを作り、「賃金」「休憩時間」「軽食(おやつ)」「部屋の温度・湿度」などいくつかの作業条件を変えて作業能率を計測し、従業員への面接調査を行うというものでした。賃金を上げる、休憩時間を増やす、休憩時間におやつを出す、これらの条件下では実験が進むにつれてチームの作業能率はアップしていきました。
こうした中、今度は全ての条件を元に戻してみたのです。賃金の額も休憩時間も元通りにし、軽食サービスも廃止しました。さて、チームの作業能率はどう変化したでしょうか。意外なことに、労働条件・環境を全てリセットしたにも関わらず作業能率は上がり続けました。つまり作業能率が上がった直接の原因は、賃金に代表される物理的条件(労働条件・労働環境)ではなく、職場の人間関係の改善やスタッフのやる気(目標意識)によって左右されるのではないかと仮説を立てました。人は、人間的な感情を優先するという「感情の論理」で動くものなので、自分に関心や期待を寄せてくれる相手の気持ちに応えようとする傾向があります。メイヨーとレスリスバーガーを中心とした研究グループでは人間関係の改善によってチーム全体の雰囲気がよくなり、そこにチームワークが生まれたことで生産性が向上したと結論付けています。人間は単なる「経済人」ではなく、感情によって行動が左右される「情緒人」だという人間の内面(人間性の側面)に着目した点で画期的な実験と言われています。
人間は機械ではありません。誰しも機械の歯車のように扱われたいとは思っていません。作業の標準化や科学的(合理的)管理の仕組みのみを追求しても、スタッフを活かした上手な経営はできないということをこの実験が証明してくれています。
メイヨー達が提唱した人間関係論の本質は、聖徳太子が説いた「和を以て貴しとなす」という考え方にとても近いと言えます。全社的なコミュニケーションの手段として、これから年末にかけて「忘年会」というイベントがあると思います。もしその場で社長が翌年の目標をきちんと発表し、「少し達成は難しい目標だけど、この会社チームならやっていける」「あの社長のもとでなら頑張れる」というスタッフ個人の感情(目標意識)を湧かせ、働く意欲やモチベーションのアップに繋げられれば、会社組織は強化されることでしょう。
今年ノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学のアンガス・ディートン教授は、収入と幸福感の関係を研究し、年収7万5,000ドル(約900万円)を超えると幸福の感じ方が鈍くなることを解き明かしました。本当に人間はお金だけのために頑張れるのか?高額な給料を提示して人材を獲得し、動機付けすることが難しい中小企業経営者は「和を以て貴しとなす」の教え(※仲良しクラブという意味ではありません)を踏まえ、スタッフとの人間関係も経営の重要な要素であるという認識に立ち、良好な関係の構築・改善にも目を向ける必要があるのではないでしょうか。
(久保 康高)