2016年9月23日号(Vol.585)にて人材育成段階における動機付けの大切さについてご紹介しましたが、もう少し詳しく人間の動機についてご説明いたします。アブラハム・マズローは、ピラミッド型階層の5段階の人間の欲求・動機をD(Deficiency)動機とB(Being)動機に区別しました。ここでは、欲求は満たされると欲求ではなくなり、満たされない欲求によって人間は動機付けられるという仮説を置いています。
D動機(欠乏動機)とは、不足を埋めようとする動機で生存の危機を起因とした不安や恐怖に焚きつけられた渇望です。これは生理的欲求から承認の欲求に至るまでの欲求を指しています。
一方、B動機(実存・成長動機)とは、かく在りたいという動機で、D動機の束縛から自由になり、恐怖や不安から解放された意欲によって突き動かされる情熱です。これは自己実現の欲求を指しています。
経営管理(人的資源管理論)の視点からD動機とB動機によるマネジメントの特徴を整理すると以下のようになります。
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D動機によるマネジメント |
B動機によるマネジメント |
強み |
・コントロールしやすい ・見通しが立ちやすい ・計画を立てやすい |
・高いモチベーション(情熱的・意欲的) ・革新的でクリエイティブ ・高い生産性(エネルギッシュ) |
弱み |
・低いモチベーション ・官僚主義的体質(保身優先) ・低い生産性 |
・コントロールしにくい・不安定 ・見通しが立ちづらい ・成功の保証がない |
D動機は大切な動機であり、否定すべきものではありません。パンという金銭的報酬も重要ではありますが、現代のような生活の安定、安全が確保された経営環境下では、「人はパンのみに生きるにあらず」(『新訳聖書』マタイ伝・第4章)ということも理解しておく必要があります。
2008年に一般社団法人労務行政研究所が行った「仕事に対する意識調査」における処遇制度・人事評価制度・能力開発施策と「やる気」との相関関係では、「賃金・賞与の水準は、世間一般と比べて高い」という金銭的報酬に関する項目が9位になっているものの、キャリアの見通しの良さや「仕事そのもの」や納得性の高い評価基準など非金銭的報酬に関するものより相関関係が低くなっています。
人はお金だけのためだけに働いているのではありません。金銭的報酬欲求(D動機)にのみ応じていると際限がないというのもありますが、仕事の遣り甲斐、面白さ、自己成長、人間関係(上司、同僚からの称賛)、顧客からの感謝、職場環境、勤務の柔軟性などお金には換算できない精神的充実(B動機)は、金銭的報酬と同じかそれ以上に大切な可能性があると言えるのではないでしょうか。ただし、B動機による経営にシフトするには、経営者の勇気と度量が必要です。
税理士 久保 康高